★モーリタニア日記 VOL.15

「Hさん、トイレのレストランへ行きたいんだけど」と長老のS氏が僕に尋ねました。

トイレのレストラン???

「どこだったでしょうか?」

「トイレのレストランって覚えていたんだけど…. あの、桟橋がある所だったんです」

「ああ、あれはエトワールétoile湾のレストランです。」

なるほど、é がはずれれば、たしかにトイレtoileになりますよね。

半砂漠みたいなところを通過してそこへゆくのですけれど、途中、小高い丘のあたりにBaie d’étoile方面の立札があります。

その最後の文字をTOILEを彼は覚えていたわけです。

なるほどなるほど、というわけで、今日も美味しくスズキを食べました。

レストランに務めているメイドさんの娘さん姉妹を写真に撮りました。

エトワール湾の桟橋レストランにて

国境を超えるあなたを応援します。 株式会社フランシール

★モーリタニア日記 VOL.14

フランシールのみなさま

ここヌアディブは国境の町です。目と鼻のさきが西サハラ(モロッコ実効支配)です。

昔、東海林太郎という歌手が「国境の町」という歌を歌ったのをご記憶でしょうか。僕も古い人間で、時々、この「国境の町」を満州国境からヌアディブ国境へ置き換えて、替え歌で口ずさんでいます。

(カッコ内が東海林太郎の原歌)

♪♪♪

四輪駆動も(橇の鈴さえ)寂しく響く

砂の広野よ(雪の広野よ)町の灯よ

砂丘越えれば(ひとつ山越しゃ) 他国の星が

凍りつくよな国境くにざかい ♪♪♪

懐かしい歌です。昭和9年です。満州国が建国されたころで、旅順―新京間、700km夢の超特急が走りました。日本技術陣の汗の結晶というか、世界最速の冷暖房完備の列車でした。

多くの日本人が満州へ移民し、そのころ、ちょうどこの歌がヒットしました。昭和一桁時代僕にとって一番懐かしい時期です。

思い出を語ると、朝まで語っていられるほど、一杯の思い出です。

(ちょっとおかしいのではないかという声がします。僕は確か昭和22年の生まれです。昭和9年のことがどうして思い出せるのか、生物学的に矛盾であり、デタラメです。が、思い出すんですね、実に多くの事を。)

この国境の町もどういうわけか哀愁に満ちています。

夕暮れ時、レストランから撮った黄昏時の写真を送ります。

黄昏のヌアディブ

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涼しいひととき★

毎日酷暑が続いています。日中外に出るのもはばかられてしまうほどの暑さ。去年よりも、はるかに暑く感じるのは私だけでしょうか…

ところで、フランシールでは、毎日15時のおやつの時間になると、皆がソワソワしはじめます。キッチンには、常に誰かが持ってきたお菓子や頂き物が控えている状態。「おやつですよー」と配給があることも。

今日はお客様からいただいた、こんな可愛い、フルーツたっぷりのアイスケーキがおやつ。食べるのがもったいない…かくいう私は、ひとりだけおかわりをいただいてしまいました。

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ひんやり美味しく、ハッピーなひとときでした。

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