カテゴリー別アーカイブ: 社長のブログ

社長のブログ④~「トーゴに行く前に」

①「アイドル通訳について」

②「実力2割、サービス8割」

③「ドワゼ!」

アルジェリア人に慣れた私ですが、秘書としての派遣が終わり、本社に戻ると、アルジェリア人のバルブの検査時の通訳依頼がきました。秘書のときは簡単な技術用語が混じるレターや文書をタイプしたり、ファイルしたりする程度でしたが、今度は自分自身が通訳をしなくてはなりません。
バルブの専門書を一生けん命に写し、各パーツの勉強をして当日にのぞみました。
ホテルに迎えに行き、電車にのってバルブのメーカーへ。
電車の中の会話はとても柔らかいものだったはずですが、これから使うだろう技術用語のことで頭がいっぱいな私は一般の会話をする気持ちになりませんでした。
そして検査。
対象となるバルブをコンプレッサーに載せて漏れがないかどうかを検査します。いざ出番だと思って検査に寄ろうとすると「何人もいて目玉もたくさんあるから、私はいい。」とアルジェリア人検査官。しかしイスに座って話すのは、男女の話ばかり。また「私のホテルにベッドが一つ空いている」という話も・・。
結局私が使った言葉は「Pas de fuite (漏れなし)。」ぐらい。勉強したことを少しでも生かしたいと、現場のエンジニアの方に「これは何というバルブですか?」と日本語で聞いて自分の個人的な興味を満たしただけとなりました。

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社長のブログ③~「ドワゼ!」

過去の記事

社長のブログ①~「アイドル通訳について」

社長のブログ②~「実力2割、サービス8割」

そんなアイドル通訳としてアフリカに行く前に初めてフランス語を使ってきちんと仕事をしたのがプラントメーカーさんのところに設計図面の承認に来ていたアルジェリア人の秘書でした。本当は他にきちんとした秘書がいたのですが、急きょ退職することになり、派遣元だった会社に就職する予定だった私に白羽の矢がたちました。

技術用語はまったくわからず、面接で渡されたレターでも「(何か・・)を、いつまでに配達してください。」としどろもどろ。後から思うとそれがスペアパーツだったり、ボイラーだったりしたのですが、その時は全くわかりませんでした。

幸い他に要員が見つからず、秘書になることが決定。

秘書といえば聞こえは良いのですが、毎日アルジェリア人のプロマネから「ドワゼ!(マドモワゼルと言っているはずが、いつも慌てているせいか、縮まってこう聞こえる)」と呼び出され、机をたたきながらファイルの仕方が悪いとかタイプミスがあるとか怒られることになりました。

最初こそフランス語で怒られると頭もショートしてその後しばらく何を自分でもしているかわからないこともありましたが、次第に慣れてきて、怒られている間はフランス語を音楽のように聞いてすごすようになりました。人間なにごとにも慣れるようです。

(続く)

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社長のブログ②~「実力2割、サービス8割」

当時の社長からその当時の若手スタッフが「アイドル通訳」と呼ばれた理由は、その実力のなさのせいでした。フランス語を書かせると接続法も条件法どころか直接法でもうまく書くことができず、とにかく留学中に覚えた語学力ぐらいしか持ち合わせていないスタッフが、たまたま他のベテラン通訳がいけないときに、値段を落として海外出張に同行させてもらえる、そういう場合の通訳を影(この場合社内)で呼んでいたのです。

行くことが決まった若手(アイドル)通訳は、出張まで出来るだけその実力を伸ばす努力をし、現地では通訳業務以外のアポとりや、レストラン探し、その他アレンジ等々をとにかく「喜んで!」引き受けます。若手が務まる仕事なので、込み入った交渉や正式な訪問などはなく、建設現場のまさに現場での検査などが多かったように思います。

たまに交渉的なことが発生すると、「あ、(ある程度)通訳も出来たんだ」と思ってもらえたようです。いろんな呼び方があるかと思いますが、お客様から見ると「言語が出来るアシスタント」派遣ぐらいに思われていたのかもしれません。

2015.5.15 鍋田

代表メッセージ: http://www.franchir-japan.co.jp/keiei-houshin.html

社長のブログ①~アイドル通訳について

本日より、社員のリレー投稿が始まります。

記念すべき第一回目は、弊社代表の鍋田が担当します。

どうぞお楽しみに!

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アイドル通訳ってなんだろう、と思う人が多いと思いますが、これは制服を着た通訳や歌う通訳などではなく、私が以前働いていた会社で当時の社長が言っていた言葉です。私が23歳で翻訳/通訳会社に入ったときの話。

私は大学時代に1年間奨学金をもらってフランスに留学し、帰国後親の希望でもあった教師の道を外れてワインの輸入会社に勤務。そして半年ぐらいで退社。当時通っていたアテネフランセで見つけたボロボロの翻訳会社の求人広告を見て電話をすると出た女性に言われたのが「本当に応募するんですか?たくさん怒られますよ」。そして実際、勤務し始めたら「その保育園生のようなフランス語、どうにかして」と言われることになりました。

そして1年後、私はフランス語通訳としてアフリカのトーゴに行くことになります。これが私のアイドル通訳の始まりです。特にかわいくもなく、芸があるわけでもない私がなぜアイドル通訳なのかをこれから説明していこうと思います。

鍋田 尚江

1972年生まれ。横浜国立大学教育学部美術科卒業。
(3年次に文部省奨学生としてフランスに留学)。
ワイン商社勤務後、翻訳会社へ。
プラント建設案件のアルジェリア人プロジェクトマネージャーの秘書、JICA案件のフランス語通訳(トーゴ、中央アフリカ、ジブチ、モロッコ、セネガル、マダガスカル、カーボベルデ)に従事。
法政大学大学院(夜間)にて開発経済学修士。

代表メッセージ: http://www.franchir-japan.co.jp/keiei-houshin.html